本革なき高級車の時代へ 自動車界のトレンド「ラクステナビリティ」
電気化が先か、レザーフリー化が先か。などと、ここんとこ、自動車ジャーナリズムの世界では、こんな話題が多い。レザーフリーとは、高級車を中心に、車内から本革を追放すること。実はいま、勢いづいてきている動きなのだ。
スウェーデンのボルボ・カーズはさきごろ、米のファッションブランド「3.1フィリップ・リム」とともに、ボルボが開発した本革の代替素材を使ったウィークエンドバッグを発表した。
エレガントな形状でありながら使い勝手がよさそうな、ちょっと大ぶりのバッグ。使われている素材は「ノルディコ」という。ペットボトルなどのリサイクル素材、北欧の持続可能な森林から採取された生物由来の素材、リサイクルされたワインコルクなどで作られている。
ボルボ・カーズでは、「2030年までには、電気自動車のみを提供し、そのすべてにおいてレザーフリーを実現することを目指しています」とする。レザーを使用しないインテリアへの移行は、畜産の見直しに起因しているようだ。
なにしろ、レザーにはいくつもの問題点が指摘されている。牛の飼料の栽培地にするための森林破壊、モノカルチャー(単一作物栽培)による環境や地域の経済活動への大きな打撃、牛のげっぷによる温室効果ガスの増大……。加えて、動物福祉の面でも問題ありとするひとが少なくないからだ。
かつては、レザーの品質が高級車の証しだった。アブなどの吸血昆虫がいない寒冷地で育てた牛。あるいは、鉄条網でなく電気が流れる柵のなかで飼育した牛。どれも革に傷がついていないから高級なのだとうたわれた。
レザーにいいところがあるとしたら、耐久性が高い点。それゆえ、1960年代までは高級車の運転席に使われてきた。後席は、ベロアやシルクといったファブリック素材。理由は、手触りがよく、ソフトなので座り心地がいいからだ。いままた、自動車界は、そっちのほうへと船首を向けようとしている。
ひとつは、米国のピュアEVメーカー、テスラが先陣を切った感のある、すばらしく感触のいい人工皮革。もうひとつは、超高級SUVのレンジローバーが採用して以来、注目されているウールや植物繊維混紡の素材。シートをはじめ、内装に使われているのを体験すると、これなら高級皮革の代替として充分通用する、と感じられる。
アウディも、エコ素材の採用を真剣に考えているとする。ひとつの例が、21年6月にお披露目されたコンセプトモデル。21年6月に中国上海でのデザインイベント「デザイン・シャンハイ」で、英国の「ステラ・マッカートニー」と組んで、同ブランドがバッグに使っている「エコニール」なる素材をインテリアに採用した。
イタリアのアクアフィル社が手がけるエコニールは、ファッション業界の廃棄物、カーペットなどの端切れ、それに漂着したプラスチックや古くなった漁網などから作られるもの。スポーティな4ドア「e-tron GT」のシートにはペットボトルなどから作る「カスケード」という素材で織った生地を使う。
レザーなんてなくてもラグジュアリーは成立する、というステラ・マッカートニーは、レザーに強く反対する立場で知られる。菜食主義者だった母親の故リンダ・マッカートニーや、ベジタリアンのためのレシピ本「FOOD」を著した姉のメアリ・マッカートニーと価値観を共有しているのだろう。
そういえば、F1レースにおいてドライバー選手権を7回手にしているルイス・ハミルトンもいまは菜食主義者(完全なビーガン)。所属が「メルセデスAMG・ペトロナス・フォーミュラワン・チーム」だけに、メルセデス・ベンツに対して、内装のレザーフリー化を提言しているとか。
トレンドにのっとった言葉でいえば持続可能性の高いことが、いまのラグジュアリー製品にも求められているという。「Luxtainability(ラクステナビリティ=ラグジュアリー+サステイナビリティ)」ともよばれるそうだ。
日本だと、マツダがピュアEVモデルもあるSUV「MX-30」において、ツイード調のシート素材を採用している。これもラクステナビリティといってもいいかもしれない。マツダのデザイナー諸氏と話すと、ほかのモデルでも代替素材を使うことの重要性を認めている、と言う。近い将来の大きな課題であることはまちがいない。