ナラ・シネフロ、UKジャズの謎多き新鋭が語る「音楽を奏でるのは瞑想的なこと」
ナラ・シネフロが名門Warpから発表したデビューアルバム『Space 1.8』は、昨年大いに話題になった。彼女はUKジャズ・シーンとも交流があり、ハープとモジュラーシンセを奏でるカリブ系のベルギー人ミュージシャン。ガーディアン紙やPitchforkが絶賛し、ロンドンの人気ラジオ局NTSのレジデンスを務めるなど、その音楽性はすでに高く評価されているが、肝心のキャリアは今も謎に包まれたままだ。「Space 1」「Space 2」「Space 3」……という曲名もよくわからないし、ネット上を検索しても、アーティストとしての情報や本人の発言はほとんど見当たらない。【画像を見る】ナラ・シネフロ、UKジャズの謎多き新鋭1月14日にリリースされる『Space 1.8』国内盤CDのライナーノーツを執筆することになり、彼女に取材を申し込もうと考えた。上述したような事情もあって難しそうにも思われたが、紆余曲折を経てインタビューが実現した。自分で言うのもなんだが、かなり貴重な記事になったと思う。Zoom越しで話した彼女は人当たりが良く、びっくりするほど話好きで、音楽の話ならいくらでもできると言った印象。彼女の音楽は生演奏とプロダクションの稀有なバランスで成り立っていて、その楽曲はどこまで天然で、どこまでが理詰めなのかわからない。掴めそうで掴めないその構造こそが魅力なのだが、そんな音楽を作れてしまう理由が少しだけわかった気がする。 * * *―子供のころ、音楽を始めた時の話を聞かせてください。ナラ:音楽はいつだって身近なものだった。当たり前に音楽が家でかかっていたから、それを全部吸収して、自分も音楽をやるようになった。リビングルームにピアノがあって、3歳の時には、ピアノの鍵盤に夢中になって、簡単な曲を耳で聞きながら弾くようになった。それと、住んでいた家が木々で囲まれていて、庭に出ると、向かいに大きな森があった。鳥がたくさんいて、朝からたくさんの鳥たちが唄ったり、会話していた。いろんな種類の鳥がいて、それぞれが違うメロディーを口ずさんでいて。子供の頃はそんな鳥たちの唄声を聞きながら多くの時間を過ごした。そんな鳥たちの声や、家でかかっていたレコードの数々、音楽好きだった両親の影響で、気づいたらいろいろな楽器を始めていた。6歳の時には母親にバイオリンを弾きたいとお願いした。スズキ・メソードから始めて、8歳の時にフォーク・フィドルも少しやって、バグパイプも数年習ったのを覚えている。あとはアコーディオンとか。世界中のあらゆる楽器を試したかったから。バイオリンの当時の先生がすごく厳しくて、「譜面の通りに弾くように!」といつも言われたせいで、「もう絶対に譜面通りになんか演奏したくない!」と思うようになった(笑)。そのお陰で、耳で聞いたものを演奏することができるようになった。シンセとハープに行きついたのはそこから何年も経ってから。―これまでに高校や大学などで音楽を学んだことはありますか?ナラ:16歳の時から高校でジャズを学んで、18歳の時に音大に進学したんだけど、卒業はしなかった。でも、1年半在籍して、ハーモニーや実技の授業をいろいろ受けたり、世界中の音楽について学んだ。そこからロンドンの大学に移ったんだけど、アルバムを作るために学業は一旦お休みにしようと決めて退学した。今でもいろんなことを学んでるから、毎日が大学の延長だとは思っているけどね。―ハープの演奏に関してはどうやって身に着けたのでしょうか?ナラ:高校の時に誰にも言わずハープを弾いていた。そして数年前にロンドンに移住してからも1台レンタルして、また誰にも言わずに弾いてた。最初は友人に頼まれてジャズ・オーケストラで少し弾いていたら、それを見た人にも頼まれて、気づいたらいろんな人に声を掛けてもらうようになってた。もともとは部屋で一人でハープを弾く時間が大好きだったからやってただけなんだけど。―モジュラー・シンセサイザーを使うようになったきっかけは?ナラ:キーボードにしてもモジュラー・シンセにしても、使っている人を見ると「うわぁ、凄い!」と思っていたから、シンセはずっと欲しかった。私が生まれ育ったベルギーには、大きなレイヴ・カルチャーがあって、アンダーグラウンドのクラブ・シーンも充実している。ラジオをつけても、少なくとも10年前まではシンセを使ったポップ・ミュージックで溢れていた。そういう音楽を聴いて育ったのが大きいと思う。それらはずっと私の生活の一部だったから。でも、音楽に取り入れるようになったのはかなり遅かった。一番の理由は機材を買うお金がなかったから。最初は18歳の時に最初のコンピュータを買って、AbletonやLogicを覚えた。その1、2年後からe-bayで一番安いシンセを毎日探すようになって、ある日、凄く安い値段でProphetを買ってから全てが変わった。それが2017年。2018年に4台のモジュールを買って、今、所有しているのはほんの数台って感じ。ナラ:私は以前、ライブ・サウンドのエンジニアリングを勉強したことがあったから、どうやって信号を送るとか、そういうことは全て自分でやって覚えていったし、問題があったら、それも自分で考えて解決したりしてた。何か問題があったら、どうしたら上手く信号を送れるか解決策を自分なりに考える。人に「それをやったら駄目」と言われるよりも、自分でやってみて覚えるのが凄く楽しかった。もちろんYouTubeの動画もたくさん参考にしたけど。つまり、シンセは『Space 1.8』を作りながら独学で身につけたってこと。生まれて初めて手に入れた、たった4台のモジュールと1台のシンセだけを使って一枚のアルバムを作ったということでもある。シンセ作品を作るとなったら、巨大なラックに乗った無数のシンセが必要だとみんな思っているかもしれないけど、私の場合は限られた中で自分ひとりで作れたのも良かったと思ってる。―では、あなたにインスピレーションを与えたモジュラー・シンセサイザーの演奏者がいたら教えてください。ナラ:私にとってのヒーローはハービー・ハンコック。彼のシンセの使い方は本当にさりげなくて、まるで絨毯のようで耳に心地いい。14歳の時に初めて聴いた時、「何これ⁉︎」と思ったし、別次元だと思った。彼の名作は聴くだけで誰もが多くのことを学べると思う。シンセやキーボードの使い方がとにかく奥深くて、お手本のようだから。