猫に誠実でありたい! 人と猫の共生の未来を考えよう―真辺 将之『猫が歩いた近現代―化け猫が家族になるまで』片野 ゆかによる書評
『猫が歩いた近現代―化け猫が家族になるまで』(吉川弘文館)
◆嫌われる存在から癒やしに -猫と人の関係を掘り下げ-飼い主の癒やしであり、心の支えでもある猫。しかし、「猫が今の地位を獲得したのは、ごく最近」と言うのは、「猫が歩いた近現代―化け猫が家族になるまで」(吉川弘文館)の著者の真辺将之・早稲田大学文学学術院教授。本書は本格的な猫と人の関係をめぐる歴史書で、明治維新前後から大正、昭和、戦後復興と高度成長期を経て現代に至るまでを、徹底した“猫目線”で掘り下げている。無類の猫好きという真辺教授。執筆のきっかけは、日本人が古くから猫を愛してきたという間違った歴史観が、猫ブームとともに広がることへの強い抵抗感だったという。「人間はこれまで猫に多くの苦難を与えてきました。猫が歩んできた過去を直視しないのは、猫に対して不誠実です」と主張する。猫は長年、「化ける」「たたる」と忌み嫌われることが多かった。「化け猫に関する伝承は平安時代からあり、兼好法師の『徒然草』にも“猫また”の言葉が登場します。江戸時代に歌舞伎などで盛んに演じられるようになり、化け猫伝承は根強く信じられるようになりました」と説明する。江戸時代の浮世絵に猫が頻繁に登場し、猫ブームがあったとされることもあるが、「作品は、歌川国芳とその一門によるもので限定的。現代の猫好きによる歴史修正の一例です」と指摘する。そんな猫に注目が集まったのは、ペストが大流行した明治の終わり。感染学で権威のあるドイツの学者ロベルト・コッホが「菌を媒介するネズミの駆除には猫が効率的」と提言し、日本政府が猫の飼育を奨励したことに端を発するが、間もなく強力なネズミ駆除薬が発売され、猫の存在意義を社会に浸透させるには至らなかった。動物福祉の概念がない時代に猫の地位は限りなく低く、三味線の皮に使われるなど乱暴に扱われることが多かった。一方、心温まるのは明治の文豪のエピソード。「二葉亭四迷は、日本の近現代を代表する真の愛猫家。見た目やネズミ捕りの能力を評価する人が多かった中、猫を一つの生命として尊重した、現代にも通用する動物観の持ち主」と評価する。平成も後半に入ると、行政による殺処分が減り始め、猫の生活の質も向上。安全な場所で天寿を全うできる猫が増えた。だが、真辺教授は「室内飼育によって、外を出歩く自由が無くなり、表裏一体の面もあります。猫の幸福に責任を持ち、反省的に考えることも忘れてはいけません」と話す。猫のために何ができるのか? 史実を通し、人と猫の共生の未来についてより深く考えたくなる一冊だ。[書き手] 片野 ゆか(かたの ゆか)ノンフィクション作家1966年、東京都生まれ。2005年、『愛犬王 平岩米吉伝』で第十二回小学館ノンフィクション大賞受賞。著書に『ポチのひみつ』(集英社文庫)、『北里大学獣医学部 犬部!』(ポプラ社)、『着物の国のはてな』(集英社)、『平成犬バカ編集部』(集英社)、『竜之介先生、走る! -熊本地震で人とペットを救った動物病院-』(ポプラ社)など多数。[書籍情報]『猫が歩いた近現代―化け猫が家族になるまで』著者:真辺 将之 / 出版社:吉川弘文館 / 発売日:2021年05月26日 / ISBN:4642083987山口新聞 2021年9月3日掲載
吉川弘文館