~ アルツハイマー病などの加齢関連疾患への治療応用の可能性 ~
学校法人 順天堂 順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学の南野 徹 教授らの研究グループは、加齢関連疾患への治療応用を可能にする老化細胞*1除去ワクチンの開発に成功しました。これまで加齢により組織に老化細胞が蓄積し、慢性炎症*2が誘発されることで様々な加齢関連疾患の発症や進行につながることが少しずつ明らかになってきましたが、病的な老化細胞を副作用なしに選択的に除去する方法はありませんでした。今回、研究グループは、マウスの老化細胞に特異的に発現する老化抗原*3を同定し、その抗原を標的とした老化細胞除去ワクチンを作成して老化細胞を除去したところ、肥満に伴う糖代謝異常や動脈硬化、加齢に伴うフレイル*4が改善するばかりでなく、早老症マウスの寿命を延長しうることを確認しました。本成果は、アルツハイマー病を含めた様々な加齢関連疾患の治療への応用の可能性を示唆するものです。本論文はNature Aging誌のオンライン版に2021年12月10日付で公開されます。 本研究成果のポイント背景加齢や肥満などの代謝ストレスによって、生活習慣病やアルツハイマー病などの加齢関連疾患が発症・進展することが知られていますが、その仕組みはよくわかっていません。研究グループではこれまで20年以上にわたって加齢関連疾患の発症メカニズムについて研究を進め、加齢やストレスによって組織に老化細胞が蓄積し、それによって惹起される慢性炎症が、加齢関連疾患の発症・進展に関わっていることを明らかにしてきました。さらに最近、蓄積した老化細胞を除去(セノリシス*5)することで、加齢関連疾患における病的な老化形質を改善しうることが示されています。しかしながら、これまで報告されている老化細胞除去薬は、抗がん剤として使用されているものが多く、副作用の懸念がありました。そこで研究グループは、より老化細胞に選択的に作用し、副作用の少ない治療法の開発を目指して研究を行いました。内容本研究ではまず、老化細胞に特異的に発現している老化抗原を同定するために、老化したヒト血管内皮細胞の遺伝子情報を網羅的に解析しました。得られた候補のうち、すでにヒトの老化と関連があることが示唆されているGPNMBという老化抗原について解析を進めました。その結果、GPNMBはヒト老化血管内皮細胞において著明に増加するだけでなく、動脈硬化モデルマウスや高齢マウスの血管や内臓脂肪組織においてもその発現の増加が認められました。また、動脈硬化疾患のある高齢患者の血管においてもその発現が増加していることがわかりました。次に、GPNMBを標的とした抗老化治療の可能性を検証するため、GPNMB陽性の老化細胞を薬剤によって選択的に除去できる遺伝子改変モデルマウスを作製しました。そのマウスに肥満食を与えたうえで、薬剤によりGPNMB陽性老化細胞の選択的除去を行ったところ、肥満に伴う糖代謝異常や動脈硬化の改善が認められることがわかりました。そこで、GPNMBを標的とした老化細胞除去ワクチンの開発に取り組みました(図1)。いくつかデザインしたワクチンの中で、接種にてGPNMBに対する抗体価が有意に増加するものを選別しました。このワクチンを肥満食を与えた状態のマウスに接種したところ、肥満に伴って内臓脂肪に蓄積した老化細胞が除去され、脂肪組織における慢性炎症が改善することで、糖代謝異常の改善が得られることがわかりました。また、動脈硬化モデルマウスでは動脈硬化巣において多くの老化細胞の蓄積が見られましたが、老化細胞除去ワクチンによって老化細胞は除去され、慢性炎症の改善とともに動脈硬化巣を縮小させうることがわかりました。さらに、高齢マウスにおけるワクチン接種後のフレイルの状態を観察したところ、ワクチン接種していないマウスと比較してフレイルの進行が抑制されていました。早老症モデルマウスに対するワクチン接種では、寿命の延長効果が確認されました(図2)。最後にこれまでの老化細胞除去薬との比較実験では、老化細胞除去ワクチンの副作用が少ないことや効果の持続時間が長いことなども確認できました。以上の結果から、GPNMBなどの老化抗原を標的とした老化細胞除去ワクチンは、加齢関連疾患に対する新しい治療方法となりうることが期待されます。今後の展開今回、研究グループは、加齢関連疾患に対する新しい治療法の確立に向けた老化細胞除去ワクチン開発に成功しました。GPNMBは老化した血管内皮細胞や単球に豊富に発現している老化抗原ですが、他種の老化細胞では別の老化抗原が存在することが予想されます。今後は、各々の患者や疾患によって蓄積している老化細胞の異なる老化抗原を標的とすることで、個別化抗老化医療の実現が可能になると考えられます。本研究では、糖尿病や動脈硬化、フレイルに対する改善効果や早老症に対する寿命延長効果を確認できたことで、今後はアルツハイマー病を含めた様々な加齢関連疾患での検証や、ヒトへの臨床応用が期待されます。 図1:老化細胞除去ワクチンの作用メカニズム老化細胞除去ワクチンよって誘導される抗体による免疫反応により、老化細胞が選択的に除去(セノリシス)され、慢性炎症が改善する。 図2:老化細胞除去ワクチンの効果老化細胞除去ワクチンによって肥満に伴う糖尿病や動脈硬化、加齢に伴うフレイルの改善、早老症マウスの寿命の延長が認められた。用語解説*1 老化細胞: 様々なストレスによって染色体に傷が入ることで不可逆的に細胞分裂を停止した状態になった細胞。細胞老化は、がん発症抑制機構の一つ。*2 慢性炎症: 老化細胞によって分泌される炎症性サイトカインによって惹起される非感染性炎症。*3 老化抗原: 老化細胞に特異的に発現が見られる膜表面に存在する分子。*4 フレイル: 加齢とともに身体機能が低下している状態。*5 セノリシス: 老化細胞を選択的に除去すること。原著論文本研究はNature Aging誌のオンライン版で(2021年12月10日付)先行公開されました。タイトル:Senolytic vaccination improves normal and pathological age-related phenotypes and increases lifespan in progeroid miceタイトル(日本語訳): 老化細胞除去ワクチンは加齢に伴う老化形質を改善し、早老症マウスの寿命を延長する著者:Masayoshi Suda(1, Ippei Shimizu(1, Goro Katsuumi(1, Yohko Yoshida(1, Yuka Hayashi(2, Ryutaro Ikegami(2, Naomi Matsumoto(3, Yutaka Yoshida(4, Ryuta Mikawa(5, Akihiro Katayama(6, Jun Wada(6, Masahide Seki(7, Yutaka Suzuki(7, Atsushi Iwama(8, Hironori Nakagami(9, Ayako Nagasawa(10, Ryuichi Morishita(11, Masataka Sugimoto(5, Shujiro Okuda(12, Masanori Tsuchida(10, Kazuyuki Ozaki(2, Mayumi Nakanishi-Matsui(3, and Tohru Minamino(1著者(日本語表記): 須田将吉1)、清水逸平1)、勝海悟郎1)、吉田陽子1)、林由香2)、池上龍太郎2)、松元奈緒美3)、吉田 豊4)、三河隆太5)、片山晶博6)、和田淳6)、関 真秀7)、鈴木 穣7)、岩間厚志8)、中神啓徳9)、長澤綾子10)、森下竜一11)、杉本昌隆5)、奥田修二郎12)、土田正則10)、尾崎和幸2)、中西真弓3)、南野 徹1)著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学講座 、2)新潟大学大学院医歯学総合研究科循環器内科学講座、3)岩手医科大学薬学部生物薬学講座機能生化学分野、4)新潟大学大学院医歯学総合研究科腎研究センター、5)国立長寿医療研究センター炎症・免疫機構研究部、6)岡山大学大学院医歯薬学総合研究科腎・免疫・内分泌代謝内科学講座、7)東京大学大学院新領域創成科学研究科生命システム観測分野、8)東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター、9)大阪大学大学院医学系研究科健康発達医学、10)新潟大学大学院医歯学総合研究科呼吸循環外科学講座、11)大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学講座、12)新潟大学大学院医歯学総合研究科バイオインフォーマティクス分野DOI: 10.1038/s43587-021-00151-2本研究は、 AMED-CREST(21gm1110012) 「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域、 JSPS科研費基盤(A)(JP20H00533)、 AMEDムーンショット型研究開発事業(21zf0127003)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業、学術研究振興資金、代謝異常治療研究基金、小野医学研究財団、及び鈴木謙三記念医科学応用研究財団の支援を受け、多施設との共同研究の基に実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。