一般家庭で普及しなかった通信方式「PLC」、再び注目される理由
既存のコンセントにモデムを接続して通信するHD PLC
HD PLCはほかの通信方式とどう違う?
有線LANや無線LANには(もちろんPLCにも)、それぞれメリットとデメリットがあります。有線LANは高速な通信速度が魅力の反面、壁の中にLANケーブルをはわせる工事が必要。有線LANを利用する部屋を増やす場合、そのたびに配線工事が発生します。一方の無線LANは、配線不要で導入が手軽ですが、壁や天井といった障害物があると電波が弱まりやすい(通信速度が落ちる)という性質があります。
HD PLCは、コンセントがある部屋なら、モデムのプラグを差し込むだけでどの部屋でも通信可能になる点がメリット。有線通信なので、障害物による通信障害の問題もありません。さらに、通信距離が長いというメリットもあります。マルチホップという仕組みを利用すると、2km以上の通信距離を稼げるのが大きな特徴です。
高周波帯域を利用するHD PLCのデメリットは、無線などの混信源となりやすいこと。このため、PLCにはさまざまな規制があり、高速PLCは基本的にホームネットワークやビル、工場といったクローズドなネットワークで使われます。
HD PLCが一般住宅用として普及しなかった最大の理由は、通信速度の遅さです。有線LANも無線LANも現在は数Gbpsという通信速度に対応するのに対し、HD PLCの通信速度は理論値でも最大で30Mbps、実効値は最大20Mbps程度。インターネット通信のデータ量は年々増えており、写真や動画といったコンテンツ自体のデータ量も大きくなったため、この通信速度では苦しいものがあります。
そうした背景もあり、HD PLCの住宅向け利用は徐々に減り、現在ではほとんど見かけなくなりました。しかし産業分野に目を向けると、通信データ量をそこまで必要としないシチュエーションも多いため、HD PLCのメリットを生かしやすいシーンが多いのです。
HD PLCがとくに注目されているのは産業用のIoT分野。労働人口の緩やかな減少に伴い、工場や農場といった産業分野でIoT化が進んでいます。多くの産業分野では、IoTで利用するデータ量はそこまで大きくないため、HD PLCの通信速度でも十分なのです。
また、2021年6月末に規制緩和された電波法によって、おもに工場などで利用される三相3線電力線においてHD PLCが可能になりました。これまで認められていなかった鋼船でも利用可能になり、HD PLCの利用範囲がこれまで以上に広がりました。
HD PLCは実際どういった場面で使われている?
当初からPLCに力を入れてきた1社がパナソニック。現在のパナソニックライフソリューションズ社では、すでにさまざまな産業分野にHD PLCを導入しています。わかりやすい導入例は既存の施設です。たとえば稼働中の工場を有線LANでIoT化しようとすると、施工費用がかさみます。HD PLCなら既存のコンセントと電力線が使えるので、導入コストを大幅に下げられるわけです。
前述したマルチホップ技術によって、在来工法では100mごとにハブを必要とする現場でも、ハブなしで設置可能。長いトンネル内など、電波が届かない場所、有線LANの敷設だと工費がかさむ場所への設置でも、コスト面で大きなメリットがあります。
よりメリットがわかりやすい例として、パナソニックが紹介したのは名古屋大学の学生寮。名古屋大学はコロナ禍の中でリモート授業が増えていますが、これまでは電話回線によるVDSLを採用していたため、ネットワークへの負荷が高すぎるという問題がありました。
そこで学生の要望をもとにHD PLCを導入し、スピード感のある問題解決を実現。有線LANの導入だと入札に約3カ月、工事に約1カ月、光ケーブルの工事に約2週間かかるのに対して、HD PLCなら配線工事は必要ありません。また、工事不要の通信手段にはLTEや5GのWi-Fiルーターも考えられますが、こちらは1室あたり月額2,000円前後~というランニングコストが発生します。
ただ、HD PLCを集合住宅に設置する場合、問題となるのは通信速度。名古屋大学・学生寮の事例では137戸にPLCアダプターを設置していますが、20Mbps程度の実効値を全住戸で分割すると、オンライン授業に使えないレベルの低速通信になってしまいます。そこで、通信を割り当てる戸数をフィルターで制限することで、通信速度を確保しています。
HD PLCは課題もある通信方式ですが、2021年6月の法改正で規制緩和されたように、これからも法整備ととともに適用できるシチュエーションが増える可能性があります。現在は限られた環境で使われることが多いのですが、今後は身近な場所でも活用事例が増えるかもしれません。