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Jul

早くも3刷「沖縄さかな図鑑」が売れている 下瀬環さんが図鑑を作ろうと思った理由

「沖縄県の釣魚・水産物がほぼすべて分かる」と銘打った『沖縄さかな図鑑』(沖縄タイムス社、1980円)が売れている。734種を掲載。魚そのものの学術的な分類はもちろん、漁法や地元での呼び方・食べ方などの豊富な情報が支持され、2021年4月の販売開始から、10月に3刷を発行するほどの人気だ。著者の下瀬環さん(41)=水産研究・教育機構水産資源研究所長崎庁舎勤務=は、「情報を普及させ、水産物としての沖縄の魚の価値を高めることが、図鑑を作った動機の一つ」と話す。そこには沖縄の魚と、魚に関わる人々への深い思いがあった。(出版コンテンツ部・城間有)この記事の他の写真・図を見る―下瀬さんは琉球大学に入学してから、沖縄の魚類の研究を始めたと聞いています。きっかけは何ですか?実家は山口県萩市の海の近くにあって、父親と釣りに行ったり、家に魚売りの人が来るなど、小さいころから水産物としての魚は身近な存在でした。琉球大学に進学したのも、中学生、高校生の時によく釣りをしていて、釣り雑誌などの影響から、沖縄で釣りをしたいと思ったことが一因かもしれません。大学での卒業研究は、趣味の釣りとは違うものにしたいと考えていましたが、結局は魚類の研究室に入り、釣りで得た知識を研究に役立てることになりました。そこから大学院に進学して、研究にのめり込むようになりました。―何にいちばんひかれたのですか?釣りをやっていると、大物を釣ったときに、何年ぐらい生きたらここまで大きくなるのかな、と興味を持つ人は多いと思うんですが、卒業論文のテーマにしたのがまさに魚類の年齢査定でした。一番高齢で24歳という結果がでてきて、そのころ私はまだ22歳だったので、自分より年上の魚の年齢査定をしていたという驚きがありました。釣れる魚も、調べてみるといろんなことが分かるんだと楽しくなりました。著者紹介の欄には、ニセクロホシフエダイの幼魚の写真をプロフィール写真代わりに掲載していますが、これが初めて研究対象にした魚です。その後はクロカジキ、クロマグロと、わりと注目度の高い魚種を研究していましたが、思い入れのある魚はやはり「やまとびー(ニセクロホシフエダイの沖縄名)」です。―図鑑の写真は全部下瀬さんが撮影したのですか?写真は数えたら1066点ありましたが、すべて自分で撮りました。市場の魚を撮りためて、自分や家族、友人が釣った魚の写真も加えました。写真がないけどどうしても図鑑に載せたい種類は、漁業者に「獲ってきてください!」と頼みました。みなさん本当によく協力してくださいました。 特にカジキ類やマグロ類は、ひれがきれいに開いていて、ロープなどの余計なものが写っていない全身写真は海外を含めてもあまりないと思います。―情報の豊富さが魅力の図鑑ですね。 自分自身が釣り好きなので、釣り人に知っておいてもらいたいという情報をたくさん入れました。例えば釣り人は、漁業に興味はあっても漁法を知らないのではないかと思い、沖縄県の漁法を解説しています。また、私自身が県外出身なので、水産物の地方名―みーばい:目が張る(めばる)という意味で、ハタ科魚類の総称―など、沖縄に来て覚えたことをできるだけ掲載しています。 また、釣り人は釣った魚を大きく見せたいものですが、全長を測る時は尾びれを閉じるけれど、身のふくらみに沿わせてはいけないとか、後から魚種を調べたいときには写真は斜めからではなく真横から撮る、などの注意点を書いています。―地元の呼び方や食べ方に注目しているのはなぜですか?図鑑を作ろうと思った動機の一つに、魚食普及というか、地元の魚を知ってもらって愛着を持ってもらいたいという思いがありました。 沖縄県民が知っている県産の水産物というのは、まぐろとぐるくん、そしてもずくぐらい。沖縄のこどもたちに好きな魚を聞いたらまぐろかサーモンという答えが多いときいて、サーモンのような外国産・県外産の魚じゃなくて、地元のものも大事にしてほしいと思いました。地産地消を促進するのも大切だと思います。 市場で調査をしているときに変わった魚がいると「これ何?」と聞かれることが多いんですが、名前だけじゃなくて由来や特徴を教えてあげるとみなさんすごく喜んでくれて、こちらも調子に乗ってたくさんしゃべるという経験を何度もしました。このような情報を図鑑に入れておけば誰でも同じ喜びを味わうことができるだろうと。 魚の価値を高めるというねらいもありました。八重山では、魚はたくさん捕れますが、大きな市場が近くにないため価格が安いんです。漁業者の不満を聞いて、何とか改善できないか、高く売るためにはどうしたらいいかと考えました。沖縄の魚は食用としてあまり魅力がないという意見が多いと思いますが、観光客にとっては味というよりも、「緑の魚を食べた!」、みたいな思い出が付加価値になると思います。例えば居酒屋の店員さんが、魚についてのうんちくを語ると、観光客の満足度も高まると思うんですよね。そういうのにも利用してほしいです。情報を普及させることで、水産物としての魚の価値を高めることができると思います。―魚そのものというより、魚にかかわる人々への思いの深さを感じます。 漁業者はいろんなことを知っているので、話を聞くと勉強になるし、おもしろい。そうして集めて蓄積した知識をこの本にどんと入れました。―実はこれがすごい、というポイントは?カジキ類とマグロ類の写真が全種入ってるというのが自慢です。また、市場には魚以外の水産物もあるので、魚類以外を入れるのにもこだわりました。イセエビ類も種類がいくつかありますし、ノコギリガザミ類には3種いるというのもちゃんと写真付きで載せました。それ以外にも貝やいらぶー(エラブウミヘビ)、養殖のクルマエビを載せたり。クルマエビの天然個体が沖縄には分布していないということもあまり知られていないと思います。沖縄の水産物について知りたいと思って開いたら必ず何かが書いてある図鑑、と思って活用していただけたら嬉しいですね。しもせ・たまき1979年2月、山口県萩市生まれ。琉球大学理学部海洋自然科学科卒業、琉球大学大学院理工学研究科博士前期・後期課程修了。博士(理学)。水産研究・教育機構 水産資源研究所長崎庁舎勤務。これまでに、クロカジキ、クロマグロ、沖縄県内の沿岸魚類の生活史研究に関わってきた。著書に「Biology and Ecology of Bluefin Tuna」(CRC Press)「The Futures of Bluefin Tunas:Ecology,Fisheries Management,and Conservation」(Johns Hopkins University Press)「小学館の図鑑Z 日本魚類館」(小学館、いずれも分担執筆)。2017年度日本魚類学会奨励賞受賞。

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