10

Aug

老化細胞除去薬の開発で見えてきた「健康寿命120歳」の可能性

老化制御の切り札として、老化細胞を除去する薬(セノリティクス)が世界的な注目を集めている。その中で、種類の異なる老化細胞を一網打尽に取り除く、世界初の老化細胞除去薬の開発を進めているのが、東京大学医科学研究所副所長で、癌防御シグナル分野の中西真教授らの研究グループだ。中西教授は、日本発の破壊的イノベーションの創出を目指して内閣府が進めるムーンショット型研究開発事業「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」のプログラムマネジャーも務める。老化細胞除去薬の実用化の可能性と、老化研究を進める目的について、中西教授にインタビューした。

東京大学医科学研究所副所長・癌防御シグナル分野の中西真教授(写真:川田 雅宏、以下同)[画像のクリックで別ページへ]

老化細胞除去薬の開発で見えてきた「健康寿命120歳」の可能性

種類の異なる老化細胞を一網打尽に取り除く画期的な新薬候補として、世界的にも注目されているのは、GLS1(グルタミナーゼ1)阻害薬という老化細胞除去薬だ。「老化の大きな要因の1つは、慢性炎症を引き起こす老化細胞が臓器や組織の中に蓄積することです。実は、一口に老化細胞と言っても非常に多様なのですが、細胞分裂の停止後も生体内に生き残っているのが共通点です。私たちは、個体の中で、多種多様な老化細胞を生き延びさせているのがGLS1という酵素であることを見出しました。この酵素の働きをブロックして細胞死を誘導し、老化細胞を取り除くのがGLS1阻害薬です」と中西教授は解説する。

ヒトで言えば70歳代くらいに相当する老齢マウスに、週3回合計9回GLS1阻害薬を腹腔内投与して1カ月後の変化を分析した研究では、加齢に伴って生じる腎機能の低下、肺の線維化、肝臓の炎症などが抑えられ、各臓器の機能が改善した。通常、老化細胞が蓄積すると、慢性的に炎症が起こって血液中にTNF-α(腫瘍壊死因子α)やIL-6(インターロイキン6)などの炎症物質が増える。しかし、老齢マウスにGLS1阻害薬を投与すると、血液中のTNF-αやIL-6が若いマウスと同程度になり、また肥満による動脈硬化の顕著な改善もみられた(※1)。

「マウスもヒトも高齢になると筋肉量が減って握力などの運動能力が低下し、脂肪組織が萎縮して代謝異常が生じます。ところが、興味深いことに、老齢マウスにGLS1阻害薬を投与すると、握力の低下や脂肪組織の萎縮も抑えられることが分かりました。マウスを棒にぶらさがらせて運動能力や握力をみたところ、普通の老齢マウスは平均30秒くらいで棒から落ちてしまうのに対し、GLS1阻害薬を投与すると平均で100秒程度ぶら下がり続けられるようになりました。ヒトに例えれば70~80歳代のはずなのに、40~50歳代程度まで握力が若返ったような感じです」と中西教授は語る。

図1●GLS1阻害剤による老化・老年病の改善中西教授らによるマウスを使った実験によれば、グルタミン代謝を標的とした阻害剤は老化細胞除去の作用を有し、加齢現象や老年病、生活習慣病の症状を改善することが分かった(出所:「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」、以下注記のない資料は同)[画像のクリックで別ページへ]