「本当の勝負はこれからだ」 山中伸弥さんが語るiPS15年
iPS細胞がマウスでできて、今年で15年になる。実用化に向けた動きが加速するが、どんな課題があるのか。今後の方向性は。京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授に聞いた。
――iPS細胞由来の製品に関する企業治験が活発になっている。どうみているか。
企業による治験も、アカデミアの研究者による治験や臨床研究も複数進行している。長い研究開発において、折り返しを通過して後半戦に突入していると感じている。ここからが正念場。協力できるところは協力し合いながら、走っていきたい。
――想定されるゴールは製品の承認や販売か。
まずは(承認後も治療効果などの調査が必要となる)条件付き承認になるかもしれないが、最終的には正式な承認を受け、一般的な治療として患者さんに届けたい。
単に届けるだけではなく、良心的な価格で届けるということをずっと考えている。これからが大変だが、がんばっていきたい。
――政府はiPS細胞を中心とした再生医療に対し、2013年~22年度の10年間で約1100億円の支援をしている。一方、23年度以降の支援は決まっていない。実用化に向けた計画は当初掲げた目標から遅れている印象があるが、どのような方針で乗り越えるのか。
各企業の当初の計画は、多くは「ベストシナリオ」で計画されていると思う。いろいろな問題や障害で、少し遅れているのは想定内のこと。
どの企業、どの研究者も途切れることなく、がんばってきている。1人の脱落者も出さずに全員が折り返しを過ぎることができた。医学研究においては、それさえも難しいことだ。ここまでのたくさんの企業や研究者の努力には、敬意を表している。
ただ、これからが本当の勝負だ。とくに医学研究、再生医療の場合、ゴールに近づけば近づくほどお金がかかる。
治験の段階で、細胞製造などに10億、20億という費用が簡単にかかる。多くの場合、ベンチャーが担っているが、ここを乗り越えられるかどうか。いわゆる「死の谷」というところに差し掛かっている。
これまでの日本の医学研究の歴史を振り返っても、死の谷を通過できず、米国など海外で代わりにやってもらったというケースが複数あったと思う。
海外で製品となり、それを逆輸入し、日本に帰ってくるころには何千万、場合によっては何億という「超高額医療」になっている。そんな現実をみてきた。
iPSに関しては、何としても日本国内で死の谷をしっかり渡っていきたい。そのためには各企業がばらばらにやるのではなく、しっかり情報を共有し、むだをなくすことが大切だ。
そのために昨年4月、iPS細胞を備蓄して企業や研究機関に提供する事業を担う「京都大学iPS細胞研究財団(iPS財団)」を発足させた。企業と連携し、情報共有できるところはしっかりして、一緒に死の谷を渡っていきたい。企業単独では渡れないような谷であっても、協力すれば渡れることが多いと思う。
細胞に関する情報や国内外の規制、欧米への進出も考えている企業が多いので、米食品医薬品局(FDA)との交渉状況などもできるだけ共有し、むだを省く。
――死の谷を乗り越えるためのコスト対策は。
iPS財団は、細胞製造の施設だったり、組織だったり、ノウハウを蓄積してきた。
治験をめざしている企業と連携し、私たちの施設で、私たちの人員を使って、場合によっては企業から人に来てもらって一緒に細胞製造を行う。それによってコストダウンを図る。
同じiPS細胞を複数の企業で使う場合もある。共有できるところは共有する。人と時間と資金のむだを省くことをめざしたい。
――コロナ禍で、iPS研究の遅れは生じているか。
新型コロナウイルスの影響で…